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東京高等裁判所 平成2年(ラ)310号 決定

抗告人

共同抵当証券株式会社

右代表者代表取締役

慶徳哲男

右代理人弁護士

高井章吾

尾﨑達夫

主文

一  原決定中、原決定添付被担保債権・請求債権目録記載1の(2)及び3の(2)の債権に関する部分を取り消す。

二  本件競売申立事件中、右取消しに係る部分を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

一本件抗告の趣旨は、「1 原決定中、抗告人の申立てを却下した部分を取り消す。2 原決定添付被担保債権・請求債権目録記載1の(2)及び3の(2)の債権の弁済に当てるため、同担保権目録記載の抵当権に基づき、同物件目録記載の不動産について担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためこれを差し押さえる。」旨の裁判を求めるというのであり、その理由は、別紙執行抗告状(写し)の「抗告の理由」欄及び平成二年四月二三日付け抗告理由書(写し)記載のとおりである。

二本件記録によれば、次の事実が認められる。

1  抗告人は、平成二年四月二日、原裁判所に対し、原決定添付被担保債権・請求債権目録記載の債権の弁済に充てるため、同担保権目録記載の抵当権に基づき、同物件目録記載の不動産について抵当証券の発行された抵当権の実行として不動産競売の申立てをし、付属書類として不動産登記簿謄本三通、金銭消費貸借および抵当権設定契約証書(写し)及び抵当証券五通及び通知書その他の書類を提出した。不動産競売申立書添付の担保権・被担保債権・請求債権目録の記載は別紙のとおりである。

2  原裁判所は、平成二年四月六日、原決定添付被担保債権・請求債権目録記載の債権1の(1)、2、及び3の(1)の債権の弁済に充てるため、同担保権目録記載の抵当権に基づき、同物件目録記載の不動産について担保権の実行としての競売手続を開始したが、抵当権を実行するための実体法上の要件の一つである請求債権の弁済期が到来していることが必要であるとし、同被担保債権・請求債権目録記載1の(2)及び3の(2)の債権については、弁済期到来の主張もなく、抗告人提出に係る抵当証券の記載によれば、右弁済期の未到来が明らかであるうえ、弁済期の到来については民事執行法一八一条一項、二項所定の文書(以下「法定文書」という。)以外の文書によって認定することは許されないと解すべきであるから、右債権部分に係る申立てについては担保権実行の要件を欠くと判断し、これを却下した。

三当裁判所の判断

1  まず、抗告人は、原決定添付被担保債権・請求債権目録記載1の(2)及び3の(2)の債権の弁済期について、本件不動産競売申立書においては明確に主張していないけれども、抗告人が同被担保債権・請求債権目録記載の債権の弁済に当てるために本件不動産競売を申立てる旨及び起算日を特定した損害金の請求を記載し、期限の利益が喪失した旨の通知書を付属書類として提出したことは前記のとおりである。

そうすると、本件申立ての全体から抗告人が同被担保債権・請求債権目録記載の債権全部について黙示的に弁済期の到来を主張しているものと理解することができるから、弁済期到来の主張が存しないとして却下することは許されないというべきである。

2  次に、抵当権を実行するためには、実体法上は、抵当権と被担保債権が存在すること、さらに、その被担保債権について弁済期が到来していることが必要である。民事執行法は、抵当権実行としての競売申立ての要件として、法定文書の提出をすれば足りるものとしているが、その趣旨は、抵当権の存在については、右文書によってのみ証明することを要するが、その他の実体法上の要件の存否は、右法定文書による証明に係らしめるものではなく(不動産の登記簿謄本には原則として被担保債権の弁済期は記載されておらず、根抵当権では被担保債権額さえ確定していない。)、申立書に記載があれば、その存在等について証明することを要求しないものとしていると解せられる。これは被担保債権の存在、その弁済期の到来及び滌除権者への通知等については、本来抵当権実行のために必要な実体法上の要件ではあるが、債務者、所有者の側からの執行異議等の申立てを待って審理判断することとし、競売申立てにおいては、簡易迅速に競売手続を開始するため単に抵当権の存在を法定文書で証明すれば足りるとしたものと解される。このことは、本件のように法定文書に被担保債権の弁済期が記載されている場合であっても基本的には異ならないというべきであるが、法定文書に弁済期の記載があり、その記載から被担保債権の弁済期が未到来であることが認められる場合には、提出された資料から実体法上の要件が具備していないことが明らかであるから原則として競売の申立ては却下されるべきである。しかし、民事執行法は、弁済期到来という要件については、前記のとおりもともと何らの証明も要求しておらず、また、被担保債権の存否等の抵当権実行のための実体法上の要件の存否については強制競売手続と異なり、執行異議手続で争わせ、その手続においては申立てにおける主張・立証の補完、訂正を許すこととしているのである。そうであるならば、担保権実行の申立てにおいて、法定文書における弁済期の記載自体から弁済期の未到来が認められるとしても、同時に提出された申立書に添付されている他の資料から、法定文書の記載と異なり失権約款による期限の利益喪失により弁済期の到来が認められる場合には、実体法上の要件が具備していないことが明らかであるとはいえないと解するのが相当である。なんとなれば、法定文書に記載されている弁済期が失権約款により実体上変更され、現に弁済期が到来している以上、競売申立てにより競売開始決定がなされ手続が進行すべきであるのに、たまたま法定文書の弁済期の記載がこれと異なっていることのみで実体法上の要件が具備していないことが明らかであるとして競売の申立てが却下されるならば、かえって、簡易迅速な競売手続の実現を図るという制度の趣旨に反することとなるからである。法定文書の補完・訂正を許し、主張・立証を認めたとしても、このことが直ちに執行裁判所に対し、実体法上の権利の存否の調査判定、補正命令義務を課したりするものでないことはもとより、執行裁判所の受付事務に過大な負担をかけ、これに混乱をもたらし、ひいては競売手続の簡易迅速性を阻害することになるものとはいえない。

したがって、右のような場合において、申立人が法定文書記載の弁済期が失権約款により実体上変更され、現に弁済期の到来していることを主張・立証したときには、この点に関する法定文書の記載が補正され、弁済期についても不備がないものとして取り扱うのが相当である。

これを本件についてみると、抗告人提出に係る抵当証券及び不動産登記簿謄本の記載によれば、被担保債権・請求債権目録記載1の(2)及び3の(2)の債権についてはそれぞれ確定期限が付されており、原決定当時その弁済期が到来していなかったことは明白である。しかし、抗告人は右の弁済期は失権約款が別の書面で合意されており、期限の利益を喪失したことを通知したので弁済期がすでに到来していると黙示的に主張し「金銭消費貸借および抵当権設定契約証書」と「通知書」を提出して、抵当証券ないし不動産登記簿謄本の弁済期の記載を補正するとしているのであるから、これが立証されるならば競売手続は開始されるべきである。

3  なお、本件においては、抵当権設定契約で抵当証券発行の特約があり、これにより五枚の抵当証券が発行されているところ、この抵当証券の性質から原決定を是認するのが相当であるとの意見があるので、以下簡単に検討する。

抵当証券は、手形のような無因証券ではなく、抵当権設定者と抵当権者間に合意された権利を表象するものであり、原因関係が証券に記載されている有因証券である。したがって、権利内容も抵当証券上に記載されている文言により定められるのではなく、証券外において約定された実質的内容により決定され(非設権証券)、証券への裏書により原契約関係(原因関係)が譲渡されるものと解せられる。民事執行法一八一条二項では抵当証券の所持人が競売の申立てをする場合には抵当証券を提出しなければならない旨規定しているが、これは所持人が抵当権設定者と抵当権者との間に約定された権利とは別の抵当証券上の記載文言による権利に基づく競売を定めたものではなく、抵当権を行使する方法並びに競売手続中に当該抵当証券が転々として流通することによる混乱を防止するためにその提出が必要とされるに過ぎない。それゆえ、右条項が、抵当証券の発行されている競売の申立てにおいては、抵当証券の記載文言に拘束され、これ以外の原因関係の主張・立証を許さないとする論拠にはならない。

また、抵当証券法一〇条は、抵当証券の発行について異議の催告を受けた者が異議の申出をしなかった場合には異議を申し出るべきであった事由をもって抵当証券の善意取得者に対抗できないと規定していることから、抵当証券に一定の公信力を付与したものであり、ある意味において文言性があるといえる。しかし、このことが抵当権者が抵当権設定者に対し(原始当事者間)証券上に記載のない原因関係上の主張を許さないとする事由にはならない。そもそも、文言性は取引の安全性を図ることにあって、行為者の責任を免れるためのものではないから、抵当証券上の権利と異なる実体法上の権利主張を競売申立人に許さないとする根拠とはなり難い。なお、同法二六条は特約を抵当証券上に記載しないときはその特約をもって第三者に対抗できない旨を定めたに過ぎず、右条項から、抵当証券上に記載されている権利が実体上変更されている場合でも、権利関係は証券上の記載文言に拘束されると解することは無理である。本件においては、競売対象不動産の登記簿には弁済期については確定日時の登記があるのみで、期限の利益喪失の特約は登記されていないが、不動産登記法一一七条は、抵当証券発行の特約があるときは弁済期の定めを登記することと規定しているが、抵当権者が抵当権設定者に対し、原因関係上の弁済期の主張を許さないことまでをも含むものとは到底解することができない。

そうすると、右と異なる見解で、弁済期到来の主張が存しないうえ、抵当証券の記載によれば弁済期の未到来が明らかなところ、法定文書以外の文書によって弁済期が実体上到来していることを立証することは許されないとして失権約款による期限の利益喪失について審理することなく競売の申立てを棄却した原決定には法律の解釈を誤り、審理を尽くさなかった違法があるといわなければならない。

四よって、原決定中、別紙被担保債権・請求債権目録記載1の(2)及び3の(2)の債権に関する競売申立てを却下した部分を取り消し、改めてこの部分について判断させるため、右取消しに係る部分を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官岡田潤 裁判官根本眞 裁判官安齋隆)

別紙物件目録

1 所在 東京都大田区上池台四丁目

地番 六〇番一一

地目 宅地

地積 94.21平方メートル

(共有者 持分四分の一 細谷勝雄 持分四分の一 細谷由利子)

2 所在 東京都大田区上池台四丁目

地番 六〇番一二

地目 宅地

地積 94.44平方メートル

(所有者 細谷勝雄)

3 所在 東京都大田区上池台四丁目六〇番地一二・六〇番地一一

家屋番号 六〇番一二の一

種類 居宅 車庫

構造 木・鉄筋コンクリート造スレート葺地下一階付二階建

床面積 一階 93.62平方メートル

二階 82.79平方メートル

地下一階 56.43平方メートル

(所有者 株式会社ユニオン企画)

別紙被担保債権・請求債権目録

1 元金

但し昭和六三年八月一二日付金銭消費貸借契約、同日債権分割による貸付金元金

(1) 弁済期を昭和六四年一一月二〇日とする金一〇〇万円

(2) 弁済期を昭和六五年一一月二〇日とする金一〇〇万円

弁済期を昭和六六年一一月二〇日とする金一〇〇万円

弁済期を昭和六七年一一月二〇日とする金一〇〇万円

弁済期を昭和六八年一一月二〇日とする金一億九六〇〇万円

2 利息 金一二三七万九一七八円

但し昭和六三年一一月二一日から平成二年一月一一日まで年5.7パーセントの割合による利息

3 損害金

(1) 上記一の(1)の元本に対する平成二年一月一二日から完済まで年一四パーセントの割合による遅延損害金

(2) 上記一の(2)の各元本に対する平成二年一月一二日から完済まで年一四パーセントの割合による遅延損害金

別紙担保権目録

1 担保権

(1) 昭和六三年八月一二日設定、同日債権分割による変更の抵当権

(2) 登記 東京法務局大森出張所

主登記 昭和六三年八月一二日受付

第四一九二四号

同 同日受付第四一九三三号

(物件目録記載1の不動産)

同 同日受付第四一九三四号

(物件目録記載2の不動産)

同 同日受付第四一九三五号

(物件目録記載3の不動産)

付記登記 同日受付第四一九二五号

同 同年九月二七日

(3) 抵当証券交付 昭和六三年九月二七日

証券番号 第九五九号〜第九六三号

別紙当事者目録

抗告人(債権者) 共同抵当証券株式会社

代表取締役 慶徳哲男

抗告人(債権者)代理人弁護士 高井章吾

同 尾﨑達夫

債務者兼所有者 株式会社ユニオン企画

代表取締役 細谷勝雄(但し、別紙物件目録3記載の不動産の所有者)

所有者 細谷勝雄(但し、同目録1及び2記載の不動産の所有者)

所有者 細谷由利子(但し、同目録1記載の不動産の所有者)

別紙執行抗告状

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり

抗告の趣旨

一 原決定の主文第二項「債権者のその余の申立てを却下する。」との部分を取消す

二 別紙被担保債権・請求債権目録1の(2)及び3の(1)記載の債権の弁済に当てるため、別紙担保権目録記載の抵当権に基づき、別紙物件目録記載の不動産について担保権の実行としての競売手続を開始し、債権者のためにこれを差押える

との裁判を求める。

抗告の理由

一 原審は、被担保債権・請求債権として申立てた債権の一部についての申立を却下している。

二 しかしながら、これは、次の諸点で違法であり、この部分についても不動産競売開始決定を許すべきである。

(一)弁済期到来の主張に関して

(1)開始決定の要件として被担保債権の弁済期到来の主張が必要とした点で、民事執行法第一八一条及び民事執行規則第一七〇条の解釈を誤っており、これらに違反している。

(2)本件で弁済期の主張がないとした点で、事実を誤認している。

(二)民事執行法第一八一条所定の文書(以下「法定文書」という。)の記載の判断の対象

(1)法定文書の記載上弁済期未到来が明らかな場合には、申立てを却下すべきとした点で、同法一八一条及び一八三条の解釈を誤ったもので、これらに違反している。

(2)本件では法定文書の記載上弁済期未到来が明らかな場合に当たるとしている点で、事実を誤認している。

(三)法定文書以外の証拠からの立証

法定文書以外の証拠からの立証は一切いかなる場合も許されず、法定文書の記載上は弁済期未到来が明らかな場合にも弁済期到来を法定文書以外の証拠からの立証をすべきでないとした点で、同法一八一条の解釈を誤って同条に違反しており、判例にも違反している(東京高裁決定平成元年八月三〇日判例時報一三二九号一四九頁、金融法務事情一二三五号三二頁)。

三 なお、抗告の理由の詳細は、別に抗告理由書を提出して補充する。

別紙抗告理由書

抗告人は、次のとおり、抗告理由を訂正しかつ補充して主張する。

一 本件の場合の弁済期到来の主張の存在

1 原決定は、執行抗告状別紙被担保債権・請求債権目録1の(2)及び3の(2)の各債権(以下これらを「抗告債権」と総称する。)の弁済期到来の主張は存在しないと言うが、次の各事項からすれば、本件では少なくとも黙示的には弁済期の主張はなされているというべきである。

すなわち、

(一)そもそも、抗告債権について不動産競売開始の申立をし、しかも抗告債権をその申立書でその被担保債権として主張していること自体から、弁済期到来の主張は存在すると解すべきである(浦野外「座談会・民事執行実務の諸問題(9)」判例タイムズ五三二号四四頁参照)。すなわち、実体法上は被担保債権の弁済期の到来が担保権実行の要件であると解されている以上、抗告債権を被担保債権として主張してその担保権の実行を求めることは、執行法上は当然にその被担保債権の弁済期は到来したとの主張を含んでいるものと考えるのが合理的だからである。

(二)申立書の被担保債権・請求債権目録の中には元金だけでなく、申立日以前の日を起算日とする損害金が記載されている。また、実体法上遅延損害金を求めるためには弁済期が到来したことが必要であることは明らかである。従って、損害金の発生する日の前日に弁済期が到来したか或いは少なくとも既に弁済期は到来したとの主張を含んでいるとみなしうる。

(三)そもそも、申立書に「弁済期が到来した」との明文の記載がないからといって、弁済期到来の主張がないとは言えない。というのは、申立書の記載事項を定めた民事執行規則第一七〇条は、弁済期到来を申立書の記載事項とはしていない以上、弁済期到来の主張の有無は、申立全体から判断するべきだからである。

現に、原決定は、抗告債権以外の申立債権について不動産競売開始決定を下しており、これは原審がこの部分については弁済期到来の主張があったと考えているものと解されるが、「弁済期が到来した」との明文の記載がないことは、抗告債権であるとそれ以外の債権であると何ら変りない。

(四)抗告人は、申立に際して、債務者が支払いを遅滞した場合に抗告人の請求によって期限の利益を失う旨等の期限の利益喪失約款の記載されている金銭消費貸借および抵当権設定契約証書(写)並びにこの請求喪失条項に基づく抗告人の請求及びそれに基づく弁済期の到来を示している通知書(写)を提出しており、これらの書面からは弁済期到来は当然読み取れるはずである。従って、このような書面を申立書の一部と解し弁済期到来の主張を含んでいると善解することも可能である。

2 この点で、原決定は、事実を誤認している。

二 弁済期到来の立証の要否

この点について原決定の立場は必ずしも明確でない。

しかし、以下全体に関する議論の前提となるので、検討する。

1 不動産競売開始決定の要件としておよそ一般的にその被担保債権の弁済期の立証が必要と解すべきである。

2 その理由は、以下のとおりである。

(一)実体法上は担保権実行の要件として弁済期到来が必要と解されている以上、その執行手続を開始するかどうかの場面においても、やはり弁済期到来が必要と解するのが至当である。

(二)民事執行法第一八一条第一項及び第二項は、同条第一項各号又は第二項所定の文書(以下これらを「法定文書」と総称する。)が提出されることが不動産競売開始決定のためには必要と規定するだけで、何も弁済期到来の立証が不要とまで規定していない。従って、弁済期到来の立証を不要とする明文の規定はない。

(三)仮に弁済期到来の立証は不要とすると、実体法上は弁済期が未到来にもかかわらず、不動産競売開始決定がなされうることとなる。そうなると、例え同法第一八二条により債務者等が弁済期未到来を主張して執行異議をなしうるとしても、不動産競売開始決定がなされること自体が債務者及び所有者にとって実際上重大な意味を持ち、それが原因で倒産することになりかねない場合もあることからすれば、あまりに債務者側にとって酷な結果をまねきかねない。

3 原決定が、弁済期到来の立証を不要とするのなら、この点で、同法第一八一条に反し、違法である。

三 法定文書以外からの立証の許否

1 二1を前提とすると、およそ一般的に、弁済期到来に関して、法定文書以外からの立証は許されると解すべきである。

ところが、原決定は、むしろ、そもそも法定文書以外からの立証は一切許されない(以下「法定文書ドグマ」という。)と断じているようである(原決定三丁目七ないし一一行目)。

この点で、原決定は、民事執行法第一八一条の解釈を誤ったもので、同条に違反して違法である。

2 以下理由を述べる。

(一)法定文書の中には、その記載だけからは弁済期到来・未到来がわからないもの、それどころか弁済期の記載が全くないもの(例えば、普通の抵当権の場合の登記簿謄本)があり、これらの文書だけからは何ら弁済期到来は立証できない。

しかし、二1で述べたように、法は弁済期到来の立証は必要としているのである。

そうすると、法は、当然に法定文書以外からの立証を許していると考えざるを得ない。

(二)なお、この点で、弁済期到来が不明な文書の場合には、弁済期到来の主張を以て立証があったことにすると解すべきで、やはり法定文書以外からの立証は許されないと解すべきとの見解があるかもしれない。

しかしながら、そもそも、弁済期の主張自体は主張に過ぎないのであって、主張自体により立証がなされたと解する見解は到底容認できない。

(三)法定文書ドグマを認めるような明文の規定はない。民事執行法第一八一条は、法定文書の提出が必要だと規定しているだけで、法定文書以外の証拠を提出してはならないとしているわけでもない。それどころか、(一)で述べたことからすれば、同条は、法定文書以外からの立証を認めているものと考えるべきである。

四 法定文書上弁済期未到来が明らかな場合の法定文書以外からの立証の許否

三1からすれば、法定文書の記載上弁済期未到来が明らかな場合も弁済期到来について法定文書以外からの立証を許すべきことは、当然である。

ところで、原決定は、かかる場合について、やはり法定文書ドグマを一貫させ、不動産競売開始の申立は却下すべきとしているので、以下、この場合について、具体的に、原決定の不当性を述べる。

1 結果の不当性

もし原決定の見解に立ち、申立を却下し、本件のように抵当証券が発行されている場合に法定文書上弁済期の変更の手続を要求するとすれば、抵当権設定者等が任意にその変更に応じないときは、上記変更手続に日時を要するため、実体法上抵当権を実行する権利を有しているにもかかわらず、その実行の手続が長期間実現できないことになり、このため早期の競売ができず、結果的に債権者が回復し難い損害を被ることも十分ありうる。そればかりか、抵当証券法第三〇条が定める三か月以内に競売の申立をなし得ない結果、裏書人に対する償還請求権を喪失し、結果的に回復し難い損害を債権者が被る場合も生じることになる。なお、期限の利益喪失約款の合意が消費貸借の契約の後になされた場合にはこれらの不当さは一層顕著である。

また、実際上、期限の利益喪失約款は存在するが抵当証券にはその記載をしないのがほとんど全部であり、上記の不当さについての議論は机上のみのものでなく、現実のものである。

以上からすれば、原決定のように法定文書以外からの立証を一切許さないとすると、債務者及び抵当権設定者等はいわれもない不当な利益を得、債権者は実体法上の法律関係に反していわれもない多大な不利益を被る結果となってしまう。このような結果を法が是認しているとは到底考えられない。

2 弁済期記載の趣旨

現行法の不動産登記法第一一七条第一項は、昭和三七年法律第一八号により改正されたもので、改正前は、全ての抵当権に関して弁済期の記載を必要としていた。ところが、一般的には弁済期の記載は全く意味を持たないので不要だが、抵当証券が輾転流通を予定し、しかも抵当証券法上債権者が償還請求するためには元本の弁済期到来後一年以内に支払を請求しかつ三か月以内に競売申立をしなければならないとされているという抵当証券に特有な事情があるため抵当証券の場合に限り、その記載事項に残したものと考えられる。

従って、そもそも、抵当証券法第一二条第一項第二号、第四条第六号、不動産登記法第一一七条第一項が弁済期を記載事項とした趣旨は、抵当証券が第三者間を輾転流通するため、抵当証券譲受人をして元本及び利息の弁済期を知らしめて抵当証券取引の便宜を図ったことのみにあるというべきである。

なお、普通の抵当権の場合に弁済期の記載は、必要事項とされていないのだから、上記各条項の弁済期の記載を必要とした趣旨が、少なくとも抵当権実行との関係で必要とされた点にあるものでないことは明らかである。

以上からすると、抵当証券上の弁済期の記載に事実上1で述べた重大な結果を生じさせる効果を認めるような原決定の解釈は、上記各条項の趣旨に反して許されない。

3 手続の迅速な実現

法定文書以外からの立証が許されるとすると上記見解のように解しても、不動産競売手続の迅速な実現に反するわけではない。すなわち、まず、弁済期到来の立証は契約書及び通知書等から容易に立証できるのが通常であり、それによって迅速な処理が害されることはないし、また、そもそも仮にその立証に時間がかかるとしてもその不利益は申立人である債権者が被るのだから、別段不当ではない。

なお、この点に関連して原決定は、迅速な処理とは別個に、裁判所を実体法上の判断から開放すること自体が意味あるもののようにも解される部分がある(原決定二丁目最終行目から三丁目一行目)。

しかし、まず、そもそも証拠による法的判断の専門機関である裁判所に関してかかる要請のみを考える必要もなく、かかる要請を考えること自体不当で、あくまで手続の迅速な実現が要請されているに過ぎず、その事実上の結果として裁判所が判断から開放される状況となっているに過ぎない。また、問題となっているのは弁済期の到来に限定されており、しかも通常はそれを立証するにたる証拠が存在するのだから、仮に立証を許しても裁判所にとってもさしたる負担にもならない。

4 債務名義的性質

民事執行法第一八一条第二項及び同条第一項第三号の法定文書は、手続の事実上の意味で債務名義類似の機能を果たしているが、そうだからといって債務名義と同じでないことは明らかであるし、それどころか権利の存否等についての蓋然性という意味での債務名義的性質はかなり弱いものと言わざるを得ない。

すなわち、まず、そもそも、登記簿は民法上単に対抗要件とされているだけで公信的効果もなく、抵当証券は有因証券であり手形等と比較すれば公信的効果は非常に制限されたものに過ぎない。また、その実際の文書作成の過程を考えても、判決等と比較すれば、権利の存否等についての蓋然性は著しく低いものと言わざるを得ない。更に、債務名義に基づいて行なわれる強制執行手続では実体法上の権利の存否等については別個の手続を要求しているが(同法第三五条、第三八条)、抵当権実行手続では、これと異なり、実体法上の権利の存否等についても執行手続の中で審理判断される(同法第一八二条)こととなっているのは、上記の法定文書の債務名義的性質の弱いことに基づくものである。

従って、強制執行手続と異なり、一定の場合に法定文書以外からの立証を許しても何ら問題はないどころか、むしろ、少なくとも一定の場合にその不当な結果を避けるために法定文書以外からの立証を許すことは、法の予定しているところであると言うべきである。

にもかかわらず、上記の差異も看過し、法定文書をあたかも債務名義と同視するかのような原決定は不当である。

5 理論的許容性

4でも述べたように、抵当権実行手続では、実体法上の権利の存否についてその執行手続の中で審理判断されることとなっている(同法第一八二条)。また、同法第一八一条第一項第四号では文書の制限はしていない。

しかも、問題となっているのは、抵当証券という法定文書の記載上弁済期の到来が明らかな場合という例外的な場合に、その弁済期の到来という限定された事項に関してのみである。

従って、かかる場合に法定文書以外からの立証を許しても理論的には何ら問題はない。

6 解釈の仕方

原決定は、法定文書ドグマを金科玉条とした解釈論に終始しており、その結果がもたらす不当さも考えず、緻密な利益考量をするものでもない。かかる解釈論は、その手法自体あまりに形式的であり、排斥されるべきものである。

しかも、法定文書ドグマは、三2(三)でのべたことからすれば、絶対的なものすなわち少なくとも利益考量による何らの修正も許されない強固なものとは到底いえないにもかかわらず、かかる形式的態度に終始していることは、やはりそれ自体不当である。

7 原決定が挙げている例の不当性

原決定は、①公正証書上の弁済期の合意の場合と②抵当権の利率の場合を挙げて法定文書以外からの立証が許されると考えると不当な結果を生ずる例としているのかもしれない(原決定三丁目一八ないし二四行目)。

しかし、本件ではこういった場合を問題としているのではなく、あくまで、法定文書に関する弁済期の到来がその対象であり、そもそも的外れである。

具体的に言えば、①は、実体法上の権利関係を根拠に執行異議ができない強制執行手続であり、抵当権実行手続とは根本的構造を異にするものである。

②は、利率という被担保債権の範囲すなわち被担保債権の存在の問題で、弁済期の到来と性質を異にする。また、仮に利率の点について法定文書以外からの立証を許さないとしても不動産競売開始決定自体は下されるのが通常であるが、弁済期到来について法定文書以外からの立証を許さないとすると不動産競売開始決定自体全くなされない場合がしばしばあるものと考えられ、この点で利率の場合の法定文書以外からの立証を許さないとすることによる不当さとの程度は弁済期到来に関する場合とは著しく異なる。

五 なお、仮に三で原則として法定文書以外からの立証を許すべきでないと解しても、少なくとも法定文書が抵当証券の場合に法定文書以外から期限の利益喪失約款等により弁済期到来が立証(少なくとも主張立証)されたときは、不動産競売開始決定をなしうると解すべきである(東京高裁決定平成元年八月三〇日判例時報一三二九号一四九頁、金融法務事情一二三五号三二頁)。

この点で、原決定は判例にも違反している。

六 本件の場合の弁済期到来の立証の存在

本件では、債務者が支払いを遅滞した場合に抗告人の請求によって期限の利益を失う旨等の期限の利益喪失約款の記載されている金銭消費貸借および抵当権設定契約証書(写)並びにこの請求喪失条項に基づく抗告人の請求及びそれに基づく弁済期の到来を示している通知書(写)を提出している。

従って、抗告債権についても、弁済期到来は認められる。

七 取消事由

1 原決定は、「民事執行法一八一条所定の文書から弁済期の未到来が明らかである場合には、執行障害事由が存するものとして、却下するのが相当である。……ところが本件の場合は、抵当証券の発行によって、既にその記載から裁判所に期限の未到来であることが明らかにされている。この場合は、手続の取消事由が既に裁判所に判明している場合であるから、一種の執行障害として、競売開始決定はなしえないと解するのが相当である。」としている。

しかし、そもそもこの部分の意味・性質はあいまいであるが、抗告人が本件で提出した抵当証券(以下「本件文書」という。)が、同法第一八三条第一項第一ないし四号の文書に当たり、取消事由がある(同条第二項)というものとも考えられる。

2 しかしながら、次の各事項からすれば、本件では上記取消事由はないと考えるべきである。

すなわち、

(一)そもそも、法が手続の取消という債権者にとって非常に厳しい重大な効果を認めた規定を、類推解釈したり、拡張したりすることは許されず、同条第一項第一ないし四号の文書以外に取消事由となる文書は存在しないと解すべきである。

(二)本件文書が同項第一号、第二号、第四号に当たらないのは明らかである。

(三)問題は、同項第三号の弁済猶予の公文書の謄本に当たるかである。

しかし、そもそも、本件文書には被担保債権を特定するためにのみ弁済期の記載があるだけで、弁済猶予自体の記載があるわけではない。

また、同項第三号の弁済猶予の公文書の謄本については、そもそも、かかる文書まで取消事由の根拠とするにはあまりに厳しすぎるとの批判もある程で(浦野外「座談会・民事執行実務の諸問題(9)」判例タイムズ五三二号四四頁参照)、例外的な規定であり、一層厳格に考えるべきである。

以上からすれば、本件文書は、同項第三号にも当たらない。

3 従って、原決定がもし上記のように考えているのなら、同法第一八三条に違反し、違法である。

八 まとめ

以上をまとめると、原決定は、①弁済期の主張がないとした点で事実誤認が、また②法定文書以外からの立証は一切許されないとした点で民事執行法第一八一条違反、あるいは③少なくとも抵当証券という法定文書上弁済期未到来が明らかな場合にも法定文書以外からの立証は一切許されないとした点で同条及び判例違反が存し、違法である。

よって、抗告債権についての原決定は取消され、抗告債権についても不動産競売開始決定を下すべきである。

別紙金銭消費貸借および抵当権設定契約証書〈省略〉

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